
『28年後…』ネタバレあらすじ
プロローグ 生き延びたジミー
レイジウイルスが英国全土に拡大していくなか、少年ジミーは生存者たちが身を寄せ合う家で、他の子供と一緒にTV番組「テレタビーズ」を見ていました。
しかし、TVの楽しそうな画面とは裏腹に、周囲の大人たちの怒鳴り声や動きから、何か良からぬことが起こりつつあるのは明白でした。
それを察して子供たちは泣き始めますが、すぐに何者かが子供部屋のドアを激しく叩き始めます。
ドアは感染者によっていとも容易く破られました。
子供も大人も一瞬にして感染者に殺されていきます。
家族の助けでジミーだけが家を脱出することができ、彼は父が神父をしている教会へと駆け込みます。
ジミーは父に助けを求めますが、父はこの状況でも吞気に祈りを捧げ、レイジウイルスによる大惨事を預言された審判の日だと決めつけ、むしろ感染者に殺されることを望んでいる有り様でした。
父は最後にジミーに十字架を渡し、「信仰を持て」と言い残します。
混乱のなか、ジミーの手に持つ十字架は逆さになっていました。
ジミーは懺悔室に隠れ、どうにか生き延びることができました。
彼は神に「なぜ自分を生かしたのか?」と問います。
初めての冒険
レイジウイルス・パンデミックから28年後…。
世界各国はそれぞれの方法でレイジウイルスを封じ込めていました。
そしてウイルスの発生源である英国においては、本土を完全隔離し見捨てるという方法がとられたのです。
少数の生存者は本土から離れたアロー島に独自のコミュニティーを築いていました。
アロー島に生きる少年スパイクにとって特別な日が来ました。
島の男にはある時期が来ると本土に上陸し、感染者と戦い、物資を持ち帰る任務が与えられるのです。
スパイクは任務には少し早い12歳でしたが、父ジェイミーは息子なら出来ると信じていました。
スパイクは覚悟を決め、混乱気味な病床の母アイラに別れを告げ、父と二人だけで本土へ向けて出発しました。
島と本土とは陸繋砂州(トンボロ)によって干潮時のみ行き来が出来ます。
二人は難なく本土へ上陸し、スパイクは初めて独自の進化を遂げた感染者たちに遭遇します。
最初に出くわした感染者は「スローロー」という種類で、地面を這いずってミミズ等を食べる性質のため、動きは鈍重でした。
息子の最初の狩りの獲物としては申し分ないと判断したジェイミーは、さっそくスパイクに首を狙って矢を放つようアドバイスします。
初めての殺しに緊張はしたものの、スパイクは冷静に首を狙い、見事にスローローを仕留めました。
群れで行動するためスローローは次々に二人に向かってきますが、ジェイミーにとってそれを返り討ちにするのは造作もないことでした。
突然変異体「アルファ」
戦いの次に大事なのが物資の探索です。
小さな島であるアロー島は常に物資不足に悩まされているからです。
二人は家屋を発見すると、何か使える物がまだ残っていないかと探索します。
すると、そこには「ジミー」の名が腹に刻まれ、逆さ吊りにされた感染者がいました。
それはスローローのような進化した種族ではなく、人間が感染したものでした。
スパイクは当然、見た目が人間であっても感染者は躊躇なく殺せるようにならねばなりません。
これもよい経験になる、とジェイミーはスパイクにこの感染者を殺すよう命じます。
いささかの逡巡の間に感染者を縛る縄が切れますが、襲われる寸前にスパイクは止めを刺すことができました。
スパイクは初めての冒険にしては十分な結果を残し、満足したジェイミーもそろそろ島へ戻ろうとしました。
しかし、少し先には別種族「俊足」の群れが見えます。
「俊足」は「スローロー」と違い、全速力で襲ってくるため簡単に勝てる相手ではありません。
二人は戦わずやり過ごそうと迂回したところ、高い木の枝に鹿の頭が刺さっているのを発見します。
それを見たジェイミーの表情は青ざめました。
仲間のために動物を狩り、その戦果を掲げ誇示する行動、そしてそれがある場所の高さ、明らかに突然変異体である「アルファ」の仕業です。
アルファは他の感染者より遥かに巨体で、耐久力も腕力も知性も桁違いであり、二人だけで勝てる相手ではありません。
そして、アルファは二人のことを見つけてしまいました。
アルファの指示に猛然と走ってくる俊足の群れ。
二人は逃げながら応戦するも、矢が当たるのはジェイミーのみで、さしものスパイクも俊足を討ち取ることはかないません。
それでも何とか一軒の家屋を見つけ、屋根裏部屋に隠れることでどうにかやり過ごすことができました。
二人は屋根裏部屋で夜を過ごし、脱出の機会をうかがいますが、遠くではアルファがこちらが動くのをじっと待っていました。
そんな中、スパイクは遠くに大きな炎が上がっているのを目にします。
気になってジェイミーに炎のことを聞いてみるも、父は何も知らない様子でした。
また、スパイクは俊足たちを殺せなかったことを謝罪しますが、ジェイミーにとってスパイクは立派に務めを果たしていました。
間の悪いことに、二人の隠れた家屋は夜明けを待つことなく崩壊し始めました。
急いで家を離れないと、音を聞いた俊足やアルファはすぐにこちらへやって来るでしょう。
幸い、潮は引いてきていました。
二人が島へ続く浅瀬を歩き出し安堵したのも束の間、水の撥ねる音がしたかと思うと、アルファがこちらへ疾走してくるのが見えました。
二人も全力で駆け出し、島の門へと向かいます。
しかし、子供の足では限界があります。
とうとうアルファに追いつかれ、もはやこれまでという時、島から無数の矢の援護射撃が飛んできました。
矢はアルファを直撃し、その巨体も一度は倒れますが、なおもアルファは襲いかかってきます。
だが、次に放たれた火矢の攻撃には、さしものアルファももう立ち上がることはありませんでした。
父への不信感
無事、島へ戻ることが出来たスパイクのために、その夜、盛大な祝宴が開かれました。
ジェイミーはスパイクの戦いの成果について、随分と誇張して島民に話をしました。
周りもそれを信じ、本土で勇猛果敢に感染者と戦った二人は完全に英雄として囃し立てられます。
ただ、当のスパイクは、一部は事実といえども、半ば父の嘘によって英雄扱いされることに居心地の悪さを感じていました。
さらに、慣れぬ酒を飲まされたせいで気持ち悪くなり、スパイクは外で一人休んでいました。
そして、そこでスパイクは父がある人妻と不貞行為を行っている現場を目撃してしまいます。
激しいショックを受けたスパイクは自分の祝宴もそこそこに、母の待つ家へと帰ってしまいました。
家では祖父のサムがアイラの見守りをしていました。
そこで、スパイクは何気なく本土で見た炎のことを尋ねてみます。
すると、祖父は意外にもそれを知っているようで、炎を燃やしているのは医者のケルソン先生であろう、と話してくれました。
父には、もうこの国に医者はいないので母の病気はどうにもならないと聞かされていたため、祖父の言葉に俄然興味が湧いてきたスパイクですが、祖父はジェイミーがその話を封印している以上、自分が話すわけにはいかない、とそれ以上は口を閉ざすのでした。
翌朝、ジェイミーは散々に酔っぱらって帰ってきました。
さっそくスパイクが本土の炎のことや医師ケルソンのことを問い質すと、ジェイミーは渋々ながら話し始めます。
いわく、ケルソンが大昔、医者だったことは確かだが、今の彼は狂人である、ということです。
ジェイミーは一度だけ本土でその炎の場所を訪れたことがあるのでした。
凄まじい悪臭の中で、ケルソンは感染者と人間双方の夥しい数の死体を綺麗に並べ、焼いていたそうです。
ジェイミーたちに気付いたケルソンは彼らを手招きしたそうですが、ジェイミーたちは即座に立ち去り、二度とは近付きませんでした。
だが、次にスパイクが不倫のことを問い詰めると、ジェイミーは逆上し、スパイクの頬を張ってしまいました。
スパイクは父に対し、もう母と自分に近づくな、とナイフを向けて警告するのでした。
父はもう母の病気を治す気がない、と判断したスパイクはある決断に至ります。
それは母アイラを本土のケルソン医師の許まで連れていき、病気を治療してもらうという、途方もなく困難な計画でした。
エリックとの出会い
スパイクは小屋に火をつけ、ボヤ騒ぎを起こすと、島の入り口の見張りを自分と交代させ、その隙にアイラと一緒に島を出てしまいました。
スパイクは、病気で判断能力の鈍ったアイラを騙して連れて来たのですが、本土に来たということはさすがのアイラにも理解できました。
とはいえ、ここまで来た以上、引き返すことも出来ず、仕方なしに息子を信じて進むしかありません。
アイラもただ弱く守られるだけの存在ではなく、スパイクの危機には覚醒してスローローを瞬時に殺す一面もありました。
スパイクは母を治すという目的のために格段に強くなり、俊足も仕留められるようになりました。
ただ、それでも多勢に無勢、いつしか二人は俊足に追い詰められていきます。
逃げに逃げてガソリンスタンドまで辿り着き、建物に避難するも、中は明らかに有毒な気体が充満していました。
そこで「床に伏せろ!」という何者かの声が聞こえ、二人が従うと、声の主は中に向かって銃を発砲しました。
すると、気体に引火して建物内で爆発的な燃焼が起こり、俊足たちは焼き尽くされました。
その声の主は建物内でベンジンを気化させ、感染者に対するトラップを仕掛けていたのです。
二人を救ったのはまだ若いスウェーデン軍の兵士エリックでした。
彼は封鎖した英国を監視する巡視艇の乗組員でしたが、船の事故で仲間と共に英国本土に上陸せざるを得なくなってしまったのです。
そして仲間たちは彼を除いて全員アルファや俊足に殺されていました。
エリックは助けた二人を見るなり、露骨に失望した表情を見せました。
スパイクはまだ子供だし、アイラは女でしかも重病人、なおかつここで暮らしているわけでもないから何の情報も期待できないからです。
エリックは、最初は彼らを見捨てて行こうとしましたが、思い直してアイラを背負うと、3人で行動することにしました。
閉鎖され、情報が隔絶されたコミュニティで育ったスパイクにとって、エリックの話す他国の先進的な暮らしは刺激的であり、また想像を超えたものでした。
新しい命
やがて、放置された列車がある場所まで進んだところで、なぜかアイラは引き寄せられるように内部まで入って行ってしまいました。
スパイクとエリックが急いで彼女を探すと、中からは感染者のうめき声が聞こえてきます。
見ると、女の感染者が今まさしく子を産もうとしており、あろうことかアイラはその手助けをしています。
エリックにとってそのような行為は狂気の沙汰であり、アイラを制止しようとしますが、スパイクも母を手伝い始め、感染者の出産は成功しました。
不思議なことにその赤ん坊はレイジウイルスに感染していませんでした。
とはいえ、常識で考えればそのような赤ん坊は危険でしかなく、エリックは二人に警告し、赤ん坊を殺そうとします。
その瞬間、列車の屋根から感染者アルファがエリックに掴みかかり、いとも簡単に彼の首を脊髄ごと引っこ抜きました。
どうやらそのアルファは赤ん坊の父親らしく、出産で力尽きた感染者を抱きかかえ悲しむ様子を見せると、今度はスパイクたちに向かってきました。
スパイクとアイラは赤ん坊を抱いたまま懸命に逃げますが、当然アルファより速く走ることなど不可能なので、すぐに窮地に追い込まれてします。
ところが、アルファが二人を捕まえたかと思った瞬間、どこからか飛んできた吹き矢がアルファの動きを完全に停止させました。
母との別れ
スパイクとアイラを救った人物こそ、彼らが探し求めるケルソン先生その人でした。
ケルソンは大型動物すら眠らせる麻酔薬をアルファに打ったのです。
彼は今も人間や感染者を区別することなく埋葬し、彼らの存在を刻むべく頭蓋骨の塔(ボーン・テンプル)やモニュメントを築いているのでした。
それは「メメント・モリ(死を記憶せよ、の意味。も古代からある生の有限性や儚さを説く思想。)」の思想に基づくもので、ケルソンの話を聞くうちにスパイクもまた、その考え方を理解するようになっていきます。
ケルソンは先ほど死んだエリックを火葬すると、スパイクにその頭蓋骨を渡し、ボーンテンプルに安置してあげるよう命じました。
期せずしてケルソンに会うことができ、喜んだスパイクですが、母アイラの病気に対して下された診断は過酷なものでした。
器具が何も無い状況での診断ではあるものの、アイラはほぼ間違いなく末期のガンだというのです。
何としてでも母を治してほしいと懇願するスパイクに、ケルソンは愛に満ちたまま穏やかな最期を迎えることが最善であることを説きます。
もうすでにアイラの病状は、彼女に十分な苦痛を与えており、アイラには覚悟が出来ていました。
不治の病という現実を受け入れるには幼過ぎるスパイクをアイラは抱きしめ、ケルソンに合図を送ります。
それを受け、ケルソンはスパイクを麻酔で眠らせました。
そしてスパイクが眠っている間に、アイラはケルソンの麻酔によって穏やかな死を迎えるのでした。
スパイクが起きたとき、母はすでに骨になっていましたが、母の選択を尊重し、もうとり乱すことはありませんでした。
ケルソンはスパイクに母の頭蓋骨を渡し、一番よい場所に安置するように言いました。
スパイクがボーンテンプルの頂きに母の骨を置いたとき、走馬灯のように母との思い出が蘇ります。
「メメント・アモリス(愛を忘れるな)」。
ケルソンは「メメント・モリ」と対となる言葉も教えてくれていました。
戦い続けるスパイク
スパイクにこれ以上ここに居る理由はなくなりました。
それに、赤ん坊にはミルクが必要です。
スパイクはアロー島に戻ることにしました。
やがて、島の入り口の門から赤ん坊の鳴き声がすることに島民が気付きます。
突然の赤ん坊の出現に島は騒然となり、ジェイミーは息子スパイクが帰ってきたのではないか、と浅瀬まで走っていきました。
しかし、そこにすでにスパイクの姿はありませんでした。
父や島の考えに離反し、それとは正反対のケルソンの哲学に触れ、母の死も乗り越えたスパイクは逞しく成長し、本土で一人、感染者と戦いながら暮らしていました。
ある時、スパイクは俊足の群れに、袋小路に追い詰められてしまいます。
その時、崖の上からスパイクに声をかける者が現れました。
ジミーと名乗るその男がスパイクに加勢を申し出ると、仲間たちがまるでテレタビーズのごとく見得を切って登場し、感染者たちを瞬殺していきます。
ジミーはスパイクに仲間にならないか、と誘います。
神父らしき、だが奇抜な服装のジミーの胸元には逆さ十字のネックレスが光っていました…。
『28年後…』感想 パワーアップした人体破壊描写と非暴力主義という矛盾

「プライベート・ライアン」を観にきたつもりが「シン・レッドライン」だった
人気シリーズの映画が3作目にして微妙な方向転換をしてしまう、というのは数多くあるわけですが、本作「28年後…」もまた、私としては「ターミネーター3」・「エイリアン3」・「マッドマックス/サンダードーム」等の部類に入れざるを得ない、というのが正直なところであります。
オープニングこそ情け容赦のない描写で、これぞ「28日後…」シリーズだよ!と期待に胸を膨らませたのですが、何だか中世ヨーロッパに戻ったかのような世界観に違和感を覚えつつ、ケルソン先生のやたら長い禅問答のパートで決定的に期待を裏切られたことを実感しました。
戦争映画で例えるなら、「プライベート・ライアン」のつもりで観に行ったら「シン・レッドライン」だったようなものです。
こちらは別に「生きるとは」、あるいは「死ぬとは」、等とそんな高尚なことを考えたいわけではないんですよね。
まして、このシリーズのウリだったのは、実に良い意味でイギリス映画らしいシニカルさ、権力や軍隊への不信はもちろんのこと、人間の愛情すら突き放す冷徹な視点だと思うのですよ。
「28日後…」ではウエスト少佐が「もともと人間は感染前から殺し合いをしていた。今もやっていることは変わらない」みたいな皮肉を言っているように、人間の(というより軍隊だが)醜さがこれでもか、と描かれていました。
本来は民を守るべき力といえども、そんなものは一瞬にして弱者を蹂躙する装置になり得るわけです。
そして私の大好きな「28週後…」では、軍隊はさらに大スケールとなって暴走し、大殺戮を繰り広げました。
さらに、主人公一家の家族を愛する行動こそが最悪の結果をもたらす、という冷酷さがたまりません!
「28週後…」の世界だったら「メメント・アモリス(愛を忘れるな)」の概念などクソくらえだったでしょうね。
そんな鋭く尖ったゾンビ映画として私のお気に入りだった作品の続編にいったい何があったというのでしょうか?
否定される暴力性
主人公スパイクは齢12にしていきなり両親から離れ、これまで自身に叩きこまれた価値観がひっくり返ってしまいました。
アロー島や父の価値観とケルソン先生の考えは完全に180度違っています。
島では感染者を殺すことが至上命題です。
幼い子供のうちから感染者を殺す訓練を受け、そこに躊躇は一切許されず、殺しを楽しむ雰囲気すらありました。
対してケルソン先生は、感染者を麻酔で眠らせるだけで決して殺すことはしません。
普段は感染者の嫌がるヨードを体に塗りたくって、感染者を避けているようです。
感染者を完全に排除することなく、人間も感染者も同様に埋葬し、その者たちの存在をモニュメントとして残します。
最終的にスパイクは感染者を殺さない生活こそしていないものの、ケルソン先生に薫陶を受けたことは間違いありません。
また、感染者の赤ん坊に対する登場人物たちの反応が、差異を際立たせます。
軍人であるエリックは一刻も早く赤ん坊を始末するべきと考え、アイラやスパイク、ケルソン先生は生かすための努力を惜しみませんでした。
さらには、赤ん坊の父らしきアルファが猛烈な勢いでスパイクたちを追いかけてきた(恐らくは赤ん坊を取り返すため)のに対し、スパイクの父ジェイミーは島の掟の方を重視し、息子を探しには行かない、というのも分かりやすい対比となっています。
これらのことから、どうも本作では感染者を殺すことはあまり良いこととされず、共生することが望ましいような印象を受けるのです。
その最たるものが、物語序盤でスパイクとジェイミーが英国本土へ向かうシーンで流れた、ラドヤード・キプリングの詩「ブーツ」の朗読と、詩の題材となったボーア戦争の映像です。
普通は、これから初の試練(冒険)が始まるというようなシーンでは勇ましい曲が流れるところですが、戦争によってキリングマシーンにならざるを得ない兵士の悲惨さを描いた詩と映像が結構な長尺で流れるので、不穏さがMAXになっています。
ゾンビ映画においてゾンビを殺すという行為は核となる部分なのに、本作においてそれは戦争と同等の行為になぞらえられてしまいました。
バレットタイムで楽しむ感染者の死に様

しかし矛盾したことに、否、本作の面白いところは、感染者を殺すシーンがちゃんと娯楽として用意されていることです。
感染者の首を矢で打ち抜くシーンで、あのバレットタイム(「マトリックス」でおなじみ、被写体の動きはスローに、カメラは高速で被写体の周りをパンする撮影技術)が使われているのを見たときは、嬉しくて身を乗り出してしまいました。
これがiphone20台を繋げて撮ったというのも驚きですが、感染者を殺すのが悪だというなら、わざわざこんなスタイリッシュな映像にする必要はありませんよね?
また、本作ではメインウェポンが弓矢ということで、殺傷能力は著しく低下してしまったものの、アサルトライフル等の銃器がただ弾をバラ撒き感染者が倒れていくのに対し、一体一体をきちんと殺すという何というか殺しの実感が味わえる(もちろん我々観客に物理的な手応えは無いにしても)のが良かったと思います。
そして何といっても興奮するのがラストシーンのジミーズの活躍です。
その登場シーンは冒頭で幼少期のジミーが見ていたTV番組「テレタビーズ」のオープニングを真似ているわけですが、「1!2!3!4!」と見得を切ってポージングする姿はまるで戦隊モノのヒーローのようでもありました。
しかもその後の活躍もやっぱりヒーローで、銃など使わず白兵戦で感染者を実に多彩な方法で殺すところなどは、もう続編はこのアクションを2時間やってくれ!と言いたい程に素敵でした。(ワンチャン、次回で派手なアクション路線あるかも、と期待してしまうくらい)
この部分がなかったら、私の本作の評価も、哲学を語りたいのならゾンビ映画の続編でやらないでくれ!と非常に低いものになっていたでしょう。
続編はどうなる?
さて、物語はジミーの登場によって続きが非常に気になるところで終わったわけですが、本作は新たな3部作の1作目であることが確定しています。
そして次回作のタイトルも「28年後:ボーン・テンプル」(仮題)となっています。
タイトルから判断するに、やはりケルソン先生や彼の作るモニュメントが重要な要素となるのでしょうが、そうなると、ジミーズが物語にどう関わってくるのか、まったく予想がつきません。
ジミーは一見、聖職者風な服装をしていても、悪趣味な着こなしだったり、分かりやすく逆十字のネックレスを身に着けていたりで怪しさ満点です。
しかも、感染者を逆さに縛り上げ、腹に自分の名を刻みつける嗜虐性の持ち主でもあります。
ジミーズの戦い方がなかば殺しを楽しんでいるようにも見えるし、あらゆる点で本作が彼を「悪」の側に置こうとしているのは明白です。
であるならば、続編でジミーはスパイクと共闘したとしても、最終的には敵となってしまうのでしょうか?
私などはジミーの方をこそ主役にして、感染者と延々と戦う展開を希望しているので、それは非常に残念なことであります。
ただ、私としては本作が仄めかす感染者との共生や同情といったものは悪手だったのではないかと感じます。
そもそも「28日後…」シリーズの感染者は、ブードゥー教のオールドタイプのノロノロゾンビなどではなく、全力でダッシュして攻撃力も高い、従来のゾンビの100倍は凶悪な連中です。
そんな敵を相手にいちいち殺さずに眠らせるとか、もはや人間とは完全に別の生物へ進化した者までいちいち供養してやるなどありえません。
ただでさえ、スパイクやアイラが瞬殺されずに生き延びたのは都合が良すぎるというのに。
それに、リスクを考えたら感染者の出産を手伝ったり、赤ん坊を生かすというのも無理がありすぎます。
この点はどう考えてもエリックが正しく、アイラもスパイクもケルソン先生も、「28週後…」のストーン准将以上にレイジウイルスを舐めています。
本作で感染者への歩み寄りという意外な方向性が見えてきたこのシリーズ、果たして次回作では感染者を殺しまくってくれるのでしょうか、それとも登場人物たちの死生観の話に終始してしまうのでしょうか?
可能性は限りなく低いですが、私はジミーズが感染者相手に無双してくれることを願っています。
